チャジャンミョン()。それは、中国料理「炸醤麺」をルーツとし、韓国ナイズされて今やすっかり韓国に定着した人気の庶民料理。 |
近代以降の朝鮮半島への中国料理の流入と普及は、19世紀末から中国(主に山東省)から渡ってきた人々の歴史と重なります。彼らが、中国の調味料「甜麺醤[ティェンミェンジャン]」を麺にからめて手軽な食事にしていたものが、韓国のチャジャンミョンの発祥と言われます。 |
現在のチャジャンミョンは、粗く刻んだ玉ねぎやじゃがいも、豚肉などを油で炒めて甘味噌「チュンジャン(・春醤)」で味つけしたソースを、麺にかけて、きゅうりの細切りをのせたスタイルが一般的です。みじん切りにした生姜やにんにくを最初に炒めたり、朝鮮かぼちゃ(ズッキーニ)、キャベツ、にんじん、長葱などを入れることもあります。味のベースはチュンジャンですが、ほかに塩、こしょう、砂糖、醤油、酒、オイスターソース、ごま油などで味を調え、最後に水溶き澱粉を加えてとろみを出します。チュンジャンを先に油で炒めておくため、全体に油っこい仕上がりとなっています。 |
チャジャンミョンは、麺にも特徴があります。もともとは、ラーメン(拉麺)の「拉」の字義どおり、小麦粉の生地を両手で少しずつ引き延ばし、打ち粉をした台に叩きつけるようにして何重にも手繰り寄せては細長く延ばして作った、手延べ麺を使うものでした。しかし、この手延べ麺を作るのには長年の経験と体力がいるため、誰にでも簡単に作れるものではありません。チュングッチプ()と呼ばれる、華僑の経営する中国料理屋ではこの手延べ麺が使われてきましたが、チャジャンミョンが韓国で普及し、ファストフードやインスタント食品として商品開発されていく中で、工場生産された生麺が出回り、次第にこちらが主流となっていきました。 |
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■チャジャンミョンの普及
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朝鮮半島への中国人の移住は、中国の国共内戦を経て1970年代ごろまで続きました。しかし、韓国政府は在韓華僑の土地所有や商業活動、国籍取得を厳しく制限したため、彼らの多くは仁川港での港湾労働やソウルでの零細飲食業に従事せざるを得ませんでした。
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この時期、韓国で普及していった華僑の食べ物は、チャジャンミョンのほかマンドゥ(:餃子類)、ホットッ(:蜜入り揚げパン)、チンパン(:蒸しパン)など、どれもわずかな元手と設備でできる庶民的な食べ物ばかりでした。それでも、大した外食のなかった時代に、これらは安くて美味しい食べ物として人気を呼びました。
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そんな中、チャジャンミョンの爆発的普及の引き金となったのが、1948年、在韓華僑・王松山によるチャジャンミョンの製麺所「栄華醤油」の創設と、それに続くチュンジャンの開発でした。それまで、チャジャンミョンの主たる味つけが甜麺醤であったことは前述のとおりですが、甜麺醤にカラメルなどを加えてチャジャンミョン用の黒い甘味噌を王松山が開発し、「獅子票[サジャピョ](ライオン印)チュンジャン」として発売すると、一躍、チャジャンミョン人気に火がつき全盛期を迎えます。甜麺醤ベースの炸醤麺が塩味が勝っていたのに比べると、チュンジャンをベースとするチャジャンミョンは甘く独特の風味があり、その味は現在まで引き継がれています。そしてもう一つ、チャジャンミョンと炸醤麺のちがいを挙げるならば、炸醤麺にはきゅうりと長葱の細切りが添えられるのが定番でしたが、チャジャンミョンには玉葱とたくあん、そしてチュンジャンが別皿で添えられることです。 |
ところで、1960〜70年代にかけてのチャジャンミョンブームの背景には、植民地からの解放後も続く混乱と食糧不足の中で、韓国政府が米に代わる主食として小麦粉で作る粉食を奨励したことや、チャジャンミョンが短時間の調理で安定供給できるメニューであったことも挙げられます。
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その後、1980年代に入ると在韓華僑が自由な経済活動や子どもの教育に適した台湾などへ流出したり、それに代わって韓国人による中国料理店が増加するなど、情勢はさらに変化していますが、チャジャンミョンをはじめとする韓国式中国料理は、中国大陸へ逆輸出されたり、日本、ハワイ、アメリカへ進出するなど、グローバル化の流れは続きます。
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■チャジャンミョンの表記
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ところで、韓国におけるチャジャンミョンのハングル表記をめぐっては、実際の発音と綴字法上の原則との間で二転三転した経緯があります。 |
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・1986年、韓国文教部(現教育部)が告示した外来語表記法では、のみが正しい表記とされた。 |
・2002年、国立国語院より刊行された「標準発音実態調査」によると、ソウル・京畿道地方の210名中72%がではなくと発音。
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・2009年、ソウル放送のドキュメンタリー教養番組「SBSスペシャル」第164回、「発音空間 対」にて、という表記の正当性が主張され、その後同番組で行われたアンケート調査の結果、回答者の91.8%がと発音していることが確認された。 |
・2011年8月、国立国語院は、アナウンサー等を除きほぼ使われていないと比較し、実生活では圧倒的にの方が使われている現実を受け入れ、を「複数標準語」と認定した。 |
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■多様化するチャジャンミョン
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かつては1種類だったチャジャンミョンも、時代とともにバリエーションが生まれました。 |
・カンチャジャン() |
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スープや澱粉を加えず、具材とチュンジャンを炒めただけのチャジャンミョン。麺とソースが別皿で提供されたり、目玉焼きがのって出てくることもある。 |
・サムソンチャジャン() |
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サムソンは「三鮮」と書く。海老、いか、あわび、なまこなど、魚以外の魚介類が3種類入ったチャジャンミョン。実際には3種類でないこともある。 |
・サチョンチャジャン() |
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サチョンは「四川」と書く。唐辛子や豆板醤、芥子を加えて辛く仕上げたチャジャンミョン。 |
・ユニチャジャン() |
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ユニの語源は「肉泥」。豚肉や野菜の具をごくみじんに切って作った、滑らかなソース状のチャジャンミョン。 |
・ユスルチャジャン() |
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ユスルの語源は「肉絲」。豚肉や野菜の具を細切りにしてソースを作り、麺も一緒に炒め合わせたチャジャンミョン。平たい皿に盛って提供される。 |
・イェンナルチャジャン() |
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イェンナルは「昔」の意味。大きめに切ったじゃがいもや玉ねぎの入った、とろみと甘みの濃いチャジャンミョン。 |
・チェンバンチャジャン() |
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チェンバンは「錚盤」と書き、お盆状の調理器具兼食器のひとつ。大型のチェンバンに盛られた大盛りのチャジャンミョンを数名で食べる。
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