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韓国の食文化について、伝統から現代の習慣・行事にいたるまで、1テーマずつ読み解いていきます。
韓国のやかんは「チュジョンジャ」(
:酒煎子)といい、材質・形とも日本のやかんと同様で、アルミ製、ステンレス製、銅製、琺瑯製、セラミック製などがあります。
最近は輸入品をはじめおしゃれなデザインのものも多く出回っていますが、
飲食店などの業務用には昔ながらの丸いアルマイト処理のやかんが多用されています。
このタイプのやかんを韓国語では俗に「黄[ファン]チュジョンジャ」(
)
あるいは「洋銀(ヤンウン)チュジョンジャ」(
)
といい、特大から極小までさまざまなサイズがあります。
韓国のチュジョンジャも日本のやかんも、ルーツは中国で生薬(漢方薬)を煎じるのに使われた「銚子」「薬銚」などと呼ばれる器具に遡ることができます。これは金属製の鍋の一種で、蓋や取っ手のほかに小さな注ぎ口がついているのが特徴です。注ぎ口があることで、長時間加熱してもふきこぼれることなく水分の蒸発を最小限にとどめ、加熱後には小さな器へこぼさずに注ぐことができます。また、薬を煎じるだけでなく、湯を沸かしたり酒を温めたりするのにも使われ、次第に専用の名称をもつ器具へと分岐していきました。
■広義のチュジョンジャ■
現在、韓国で「チュジョンジャ」といえば日本のやかん同様、湯を沸かすことに使われるのが一般的ですが、興味深いのは「チュジョンジャ」という言葉のさす範囲がもう少し広く、注ぎ口のある液体用の容器や調理器具全般を「チュジョンジャ」と呼んでいることです。
たとえば、「急須」や「ティーポット」にあたる、茶を淹れる道具のことも
「チュジョンジャ」あるいは「チャ チュジョンジャ:
」(チャは茶の意味)と呼びます。
この場合、急須のように横側に取っ手がついたタイプよりは、
中国式あるいは西欧式の、注ぎ口と反対側に輪形の持ち手がついたタイプが多いようです。
それから、「水差し」「ウォーターピッチャー」「ジャグ」などにあたるものも
「チュジョンジャ」あるいは「ムル チュジョンジャ:
」(ムルは水の意味)といいます。
さらに、電気で湯沸しや保温をする「電気ポット」「電気ケトル」のことを
「チョンギ チュジョンジャ:
」(チョンギは電気の意味)といい、
電源ベースから取り外して給湯できるコードレス電気ケトルの場合は「ムソン チュジョンジャ:
」
(ムソンは無線の意味)といいます。
■チュジョンジャの独特な使用例■
以上からも、韓国ではチュジョンジャが「湯沸しの器具」にとどまらず「液体を注ぐ器具」としても広く愛用されていることがわかりますが、普通のチュジョンジャであっても、多用途に使われているのが興味深いところです。たとえば、韓国の飲食現場では、次のようなチュジョンジャの登場シーンを目にすることがあります。
・冷麺の汁が入っている
韓国の冷麺専門店ではたいてい、
店で仕込んだ冷たい汁(スープ)が冷蔵庫で保管されていますが、その際に使われるのがチュジョンジャです。
注文が入ると、厨房では茹でたての麺を冷麺鉢に盛りつけて具をのせた後、
よく冷えた汁をチュジョンジャから注ぎ入れます。また、汁気のないピビンミョン(
:混ぜ麺)の場合は、
温かいスープ(
:ユクス)がチュジョンジャから湯飲みに注がれ、配られます。
・出し汁が入っている
韓国の飲食店では、
数人で卓上コンロを囲む鍋もの系のメニューが豊富にあります。それらを煮炊きしながら食べていると、
途中でスープが煮詰まってしまったり、あとから麺やご飯を入れるにはもう少し汁がほしい、
というような状況になることが多々あります。そのようなとき、お店の人に頼むと登場するのが、
出し汁の入った大きなチュジョンジャです。ちなみに、出し汁も「ユクス」(
)
といいます。
・マッコルリが入っている
韓国の独特なお酒に、マッコルリ(
)
あるいはタッチュ(
:濁酒)、トンドンジュ(
)などと呼ばれる「どぶろく」があります。
これを注文すると、小型のチュジョンジャに入って出てくることがあります。
店によっては、陶器の甕[かめ]に入って品よく提供され、パガジ(
:瓢箪)
ですくって陶器の小碗に注ぎ分ける、ということもありますが、大衆的な酒場の場合はアルマイトのチュジョンジャにアルマイトの大ぶりなお碗でグイグイ…
というほうが気分が出るようです。チュジョンジャが多少へこんでいても、誰も気に留めません。
・小麦粉の生地が入っている
屋台の盛んな韓国では、大判焼き(
:オバントッ)、
たい焼き(
:プンオパン)、パンケーキ(
)、クレープ(
)
など、屋台の鉄板でゆるめの小麦粉生地を焼いて作るときにチュジョンジャがよく使われます。
とろとろの生地を大型チュジョンジャに入れておけば、鉄板に流し入れやすく、またゴミや虫も入りにくくて便利です。
また、屋台以外の飲食店でも、チヂミ(
)
あるいはプッチム(
)
と呼ばれるお焼きや、パジョン(
:葱のお焼き)などを焼くときに、
小麦粉や米粉をといた薄い生地を入れておくのにチュジョンジャが便利に使われています。
・栽培用の容器として
さらに、一般的というわけではありませんが、大豆もやしの栽培にチュジョンジャが使われることもあります。水と適温と酸素が必要で、光は遮断しなければならない大豆もやしの栽培には、蓋がぴったり閉まってかつ小さな口から空気が出入りするチュジョンジャが、家庭で少量栽培するのにぴったりのようです。
どれも、日本のやかんとまた一味ちがう、韓国のチュジョンジャの合理的な使用法に新鮮さが感じられるのではないでしょうか。このような道具の使い方の端々にも、韓国食文化の魅力が潜んでいるといえましょう。
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